群体知能

一個体のささやかな主張

ライブに行く意味

 

 以前、岡田斗司夫という人物が

「音楽を聴くためにライブに行く人たちの気持ちがわからない。別にCDでよくない?」

 という感じの発言をしていた。まあ、確かに完成度の高い音楽を聴きたいのなら、アーティストが世に送り出した音源で十分かもしれないと、どこか腑に落ちないものの、おおむねそう納得していた。(岡田斗司夫に対する敵意はないです)

 

 しかし、今日その考えは変わった。ライブに行く意味とはなんだ。宇多田ヒカルの「Laughter in the Dark Tour 2018」をアマゾンプライムで見て思った。

 

アーティストとリスナー(ファン)の交流する場所

 

 今回書きたいのは、音楽やステージのクオリティの如何ではない(それも素晴らしかったけれど)。

 

 宇多田ヒカルがライブを開催したのは、2018年のLaughter in the Dark以前だと2010年の「WILD LIFE」が最後だった。つまり、アーティストとファンがリアルな空間で対面するのは、実に8年ぶりだったのだ。

 Laughter in the Darkの映像冒頭、会場の何とも言えない緊張感が、画面越しでも伝わってきた。客席のざわつき。自分の好きな人と8年ぶりに再会するなんて、実際の人間関係でもなかなか無い経験だと思う。

 

 そして曲が始まる。セットリスト一曲目は「あなた」。歌いだしの歌詞は、

 

 あなたのいない世界じゃ どんな願いも叶わないから

 

 続く「燃えさかる業火の谷間が」で、若干声の調子が乱れていた。「あなた」は、初めから終わりまで、本調子でのパフォーマンスではなかったと思う。一曲目は、誰だって緊張するはず。いくら宇多田ヒカルといえども。

 そして二曲目の「道」、「traveling」、「COLORS」が終わり、MCの時間。収録されている映像はツアーの最終日で、かつ宇多田ヒカルのデビュー20周年だった。

 

 以下、宇多田のMC。

 

 今日はデビュー20周年記念日なんですけど(拍手)恥ずかしい……。

 そんな日を、こんな風に過ごせて、本当は誕生日とか祝ってもらったり、主役みたいになるのは苦手なんだけど、こんな風に過ごせてうれしい。ありがとう。

 

 宇多田がそう言うと、拍手が起こる。鳴り続ける。30秒以上の間、拍手と「おめでとう」の声が響く。

 

 ライブでは、生の声が、音が聞こえる。それはアーティストとリスナー、双方にいえることだ。普段、僕たちはアーティストの音楽を、歌声を聞くことができるけど、アーティストに、生の声を伝えることはできない。アーティストは、自分の音楽を聴いてくれている人たちの表情を見ることができない。

 しかし、ライブという場において、リスナーはアーティストに、さまざまなリアクションを届けることができる。拍手とか、「ありがとう」とか、短い言葉だったり、言葉ですらないものではあるけれど。

 

曲の、詞がもつ意味が変わる

 

 音楽に限った話ではないけど、音楽は、聴く人によって捉え方が変わる。同じ人が同じ楽曲を聴いていても、聴いている人が置かれている立場や状況によって、捉え方は変化する。

 

 そしてそれは、音楽を作る人、演奏する人にとってもそうだろう。ある楽曲を作曲した時点での気持ちと、その曲を時間も場所も異なる地点で奏でる時とでは、楽曲に対する想い、捉え方は変化しているはずだ。

 

 Laughter in the Darkで演奏された最初の曲、「あなた」は、おそらく親の子に対する愛をテーマにした歌詞だが、前述した歌いだしの歌詞、「あなたのいない世界じゃ どんな願いも叶わないから」は、宇多田のファンに対するメッセージ、とも捉えることができると思う。

 

 そしてライブを締めくくる最後の曲は「Goodbye Happiness」。好きなアーティストに会えることはしあわせなことだ。またいつか会えることを願ってさようならしよう。